大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)85号 判決

原告 細田麗子

被告 茨木税務署長

訴訟代理人 小沢義彦 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

原告訴訟代理人は、「被告が原告の昭和三六年分所得税について昭和四〇年六月一〇日付でした、課税所得金額を金三〇六万八九〇〇円、所得税額を金九一万五〇六〇円とする所得税決定処分及び無申告加算税金二二万八七五〇円の賦課決定処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

(請求原因)

原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三六年分所得税について確定申告をしなかつたところ、被告は昭和四〇年六月一〇日付、同月一二日到達の書面で、総所得金額を金三一五万八九一七円、課税所得金額を金三〇六万八九〇〇円、所得税額を金九一万五〇六〇円とする所得税決定処分及び無申告加算税金二二万八七五〇円の賦課決定処分(以下両者合わせて本件課税処分という。)をしたので、原告はこれを不服として同月一九日被告に対し異議の申立をしたところ、同年一〇月五日付で棄却されたので、更に同年一一月一三日訴外大阪国税局長に審査請求をしたが昭和四二年四月三日付、同月四日到達の書面で棄却の裁決を受けた。

二、ところで本件課税処分は次に述べるとおり違法であるから取消されるべきである。

(一)  被告は原告が昭和三六年分所得税について確定申告をしなかつたとの理由でいきなり本件課税処分に及んだものであるが、同年度において課税原因となる所得が発生したと考えられるのに原告が確定申告をしない等不審の点があるのであれば先ず原告に対し出頭を求めてその点をただすとともにその弁解を聞く等の措置をとるべきであるのに、被告において何らこのような措置に出ることなくしてなされた本件課税処分はその手続上かしがあり違法である。

(二)  本件課税処分には原告の同年分の所得を誤認したかしがあり、違法である。

即ち原告は昭和三六年八月一〇日頃その所有にかかる、吹田市一一五五番地の六宅地二四坪及びその地上の木造瓦葺平家建店舗建坪一二坪九合六勺(以下本件土地家屋という。)を訴外山種株式会社に対し代金六六〇万円で売却したことがあり、本件課税処分はこれによる原告の譲渡所得につきなされたものと思われるが、本件課税処分は被告において譲渡経費として僅かに一三万二一六円しか認めず、従つて原告のこれによる譲渡所得を金六四六万七八三四円と認定して課税したもので原告の所得を誤認したかしがあり違法である。

よつて原告は被告との間で本件課税処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

(被告の答弁及び主張)

被告指定代理人は請求原因に対する答弁等として次のとおり述べた。

一、請求原因一の事実は認める。同二(一)の事実のうち原告が昭和三六年分所得税についての確定申告をしなかつたことは認め、その他の主張事実は争う。同二(二)の事実のうち原告がその主張の日頃に本件土地家屋を訴外山種株式会社に売却したこと及び被告が原告の同年分の譲渡所得金額を金六四六万七八三四円と認定して課税したことはいずれも認めるがその他の事実は争う。右売買代金は原告主張のように六六〇万円ではなく後記のとおり一一〇〇万円であつて、被告の認定した原告の所得額に誤りはない。

二、原告は昭和三六年八月一〇日本件土地家屋を訴外山種株式会社に対し代金一一〇〇万円で譲渡し昭和三六年度において次のとおり譲渡所得を得ているのに所得税の確定申告をしなかつたので被告は原告主張のとおり本件課税処分をしたものである。

三、本件譲渡所得の計算について

一般に譲渡所得は収入金額から譲渡物件の取得価額及び譲渡経費等を控除して算定すべきところ、収入金額は前記の譲渡代金一一〇〇万円であるが、本件土地家屋の取得価額は次のとおりの額となる。

即ち本件土地は原告が昭和二五年頃訴外山口寅吉から代金一六万八〇〇〇円で買受けたものであり、本件家屋は同年中に原告が建築費用金一〇万円をかけて右地上にこれを完成させたものでいずれも資産再評価法(以下単に再評価法という。)に所謂基準日(昭和二八年一月一日)前の取得にかかるものであるから、本件土地については旧所得税法第一〇条の四第二項、再評価法別表第七により右の買受代金一六万八〇〇〇円に再評価倍数二・〇を乗じた価額金三三万六〇〇〇円が、本件家屋については旧所得税法第一〇条の四第二項、再評価法別表第二により右の建築費用一〇万円に再評価倍数一・〇を乗じた価額金一〇万円から減価の価額金一万八六三〇円を減じた金八万二二七〇円がそれぞれその取得価額となる。そこで右収入金一一〇〇万円から本件土地家屋の取得価額右合計金四一万七三七〇円及び原告が本件土地家屋の売却にあたりその仲介人である訴外樋野誠次に支払つた仲介料五〇万円(譲渡経費にあたる)を差引くと原告の譲渡所得は金一〇〇八万二六三〇円となるが、ここから更に特別控除額金一五万円を控除した金額の二分の一に相当する金四九六万六三一五円が課税譲渡所得金額となる。(旧所得税法第九条第一項)

四、以上のとおり本件課税処分は前記課税譲渡所得金額四九六万六三一五円の範囲内でなされたものであるからこれには原告主張の所得を誤認した違法はない。

(被告の主張に対する原告の答弁)

原告訴訟代理人は被告の主張に対し次のとおり答弁した。

原告が昭和二五年頃本件土地を所有者であつた訴外山口寅吉から買受け、同年中に右地上に本件家屋を建築したことは認めるが、これが買受代金及び建築費用が被告主張のとおりであることは争う。また譲渡経費についての被告の主張も争う。

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件課税処分に原告主張の違法事由が存するか否かについて判断する。

(一)  先ず原告の弁解を聞く等の措置がとられないままなされた本件課税処分が違法であるとの主張について。

国税通則法二五条によれば、本件のような課税処分をなすためには、調査をなすことを要するとされているけれども、この規定から直ちに、税務署長たる被告に対し、原告主張のような具体的な措置を必ず事前にとらなければならないとする法律上の義務を課したものとは解しえないし、その他の法令においても、税務署長に対しかような義務を課している規定は存しないから、被告において原告主張の措置をとらずになされた本件課税処分を目してこれを違法ということは必ずしもできない。それ故、原告のこの点の主張はそれ自体失当である。

(二)  次に本件課税処分には原告の昭和三六年度における所得を誤認した違法があるとの主張について。

原告が昭和三六年八月一〇日頃その所有にかかる本件土地家屋を訴外山種株式会社に売渡したことは当事者間に争いがないので原告がこれにより得た譲渡所得金額について検討する。

1  収入金額について

当事者間に争いがない前記事実及び〈証拠省略〉

並びに弁論の全趣旨によれば、原告の夫訴外細田七太郎は理容職人で、本件家屋の一部において職人数人を雇入れて理容業を営んでいた(従つて本件家屋中他の部分は原告夫婦らの居住用に供していた。)が、昭和三六年に至り営業上の理由等から廃業することになり、それに伴つて原告においても本件土地家屋を手離すこととし、これが売却の仲介を訴外三共商事こと樋野誠次に依頼したところ、右樋野の仲介により同年八月一〇日頃原告と訴外山種株式会社との間に原告は同社に対し本件土地家屋を代金一一〇〇万円で売渡す旨の契約が成立し、右代金はその頃(昭和三六年中)仲介人樋野あるいは直接原告において全額受領したことが認められ、〈証拠省略〉中これに反する部分は前掲各証拠に対比して信用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

尤も〈証拠省略〉によれば、売買代金名義で支払われたものは右代金のうち六六〇万円(内訳本件土地分として三一二万円、本件家屋分として三四八万円)にすぎず、残金四四〇万円は当時本件家屋に住込んで稼働していた理容職人四名の立退料名義で支払われていることが認められ、他にこれに反する証拠はないが、右の立退料が本件土地家屋の売買代金とは別途に山種株式会社から支払われる理由が必ずしも明確でないうえ、当時年も若くしかも見習職人として僅か一年足らず働いていただけの職人をも含めて(右退職した住込職人の中にこのような者がいたとの点は〈証拠省略〉により認める。)計算上一人当り一一〇万円もの多額の立退料が支払われるというのは不合理であり、更に右住込職人らは退職にあたり立退料等一銭も受領していない(この点は〈証拠省略〉によつて認める。)ことからすれば、右立退料名義で支払われた四四〇万円をも含めた一一〇〇万円全額が本件土地家屋の売買代金として山種株式会社から原告に支払われたものと解されるから(それ故、〈証拠省略〉は、いずれも真正に成立したものと認めることはできない。)前記認定はこれにより左右されない。

前記認定事実によれば原告は本件土地家屋の譲渡により収入金一一〇〇万円を得たものというべきである。

2  本件土地家屋の取得価額について

本件土地は原告がこれを昭和二五年頃その所有者であつた訴外山口寅吉から買受けたものであり、本件家屋は同年中に原告がこれを右地上に建築したものであることは当事者間に争いがないところ、右当事者間に争いのない事実及び〈証拠省略〉(後記信用しない部分を除く)によれば、本件土地はもと訴外山口寅吉の所有であつたが昭和二五年六月から八月の間に原告がこれを坪当り金七〇〇〇円、総額金一六万八〇〇〇円で買受けたものであり、本件家屋は右土地買受け直後原告において訴外木村工務店に代金一〇万円でその建築工事を請負わせて同年八月右地上にこれを完成させたものであることが認められ、〈証拠省略〉中これに反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで右事実によつて本件土地家屋の譲渡所得の計算上控除すべき取得価額を算定すると、本件土地のそれは、旧所得税法(昭和三七年法律第四四号による改正前のもの、以下同じ)第一〇条の四第二項、再評価法第九条本文、第一二条第二項により右買受代金一六万八〇〇〇円に、その取得の時期(これが右認定のとおり昭和二五年六月から八月の間であることまでは確定できるが、何月であるかは明らかでないところ、原告の有利に解するとすれば同年六月である。)に応じて定められた同法別表第七の倍数二・二を乗じて算出した価額金三六万九六〇〇円であり、また本件家屋は前記のとおりその一部が事業用に、残りの部分が原告夫婦らの居住用に、供されていたところ、その各割合は不明であるから、かりにその全部が事業用に供されていたものとみるとすれば、これが取得価額は、旧所得税法第一〇条の四第二項、再評価法第八条第二項本文、第二六条、第二五条第一項により右の建築費用一〇万円に、その取得時期及び耐用年数(固定資産の耐用年数等に関する省令別表一によれば本件家屋の耐用年数は三〇年である。)に応じて定められた同法別表第一の倍数〇・九九を乗じて算出した金額九万九〇〇〇円から、別紙の旧所得税法第一〇条の五に所謂「減価の価額」金二万六二五四円を控除して得た価額金七万二七四六円であり、かりにその全部が非事業用に供されていたものとみるべきものとしても、これが取得価額は、旧所得税法第一〇条の四第二項、再評価法第九条本文、第二五条第一項により右の建築費用一〇万円に、その取得時期及び耐用年数(旧所得税法施行規則第一二条の一六より本件家屋が全部事業用とした場合の右耐用年数三〇年に一・五を乗じて得た四五年となる。)に応じて定められた同法別表第一の倍数一・〇を乗じて算出した金額一〇万円から、右に所謂減価の価額金一万八六三〇円(別紙のとおり)を控除して得た価額金八万一三七〇円となる。

3  譲渡経費について

原告が前記の仲介人樋野誠次にその仲介手数料金五〇万円を支払つたことは被告において主張するところであるが、原告は、本訴において単に右金額を争うのみで、その支払つた手数料が右の金額を上まわることにつき何らの主張もしないのであるから、このような場合には、右の金額を以て譲渡経費に計上すべきである。

4  原告の譲渡所得金額について

資産の譲渡による所得はその年中の総収入金額から当該資産の取得価額、譲渡経費等を控除して計算すべきところ(旧所得税法第九条第一項第八号)、本件家屋が事業用、または非事業用のいずれとみるべきかは前記のとおり明確でないが、かりにその全部を事業用とみれば原告の本件土地家屋の譲渡による所得は、前記収入金一一〇〇万円からその取得価額合計金四四万二三四六円及び譲渡経費五〇万円を控除した金一〇〇五万七六五四円となるのであり、かりにその全部を非事業用とみるとしてもなおそれは、右収入金から本件土地家屋の取得価額合計金四五万〇九七〇円と右の譲渡経費を控除した金一〇〇四万九〇三〇円となるところ、更に課税譲渡所得金額は右譲渡所得金額一〇〇五万七六五四円もしくは一〇〇四万九〇三〇円から特別控除額一五万円をそれぞれ差し引いた残額の各二分の一に相当する金四九五万三八二七円もしくは四九四万九五一五円となるのである。

以上の計算結果からすると原告の昭和三六年分の総所得金額を金三一五万八九一七円、これより基礎控除金九万円を差し引いた課税所得金額を金三〇六万八九〇〇円と認定してなされた本件所得税決定処分は、本件家屋の全部分が事業用、または非事業用のいずれであつたにせよ原告の所得金額の範囲内でなされていることは明らかというべきであり、右決定処分には原告の同年分の所得を誤認しこれを過大に認定した違法はない。

ところで原告は前記のとおり昭和三六年度において譲渡所得を得ていたのに確定申告をしなかつたことは当事者間に争いがないので、これを理由になされた本件無申告加算税の賦課決定処分はその要件において欠けるところがなく、またその金額についても誤りはないから、これには原告主張のような違法はない。

三、以上のとおり本件課税処分にはそのすべてにつきいずれも原告主張の違法はなく、これが違法であることを前提としてその取消を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 喜多村治雄 松井賢徳)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例